大判例

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最高裁判所大法廷 昭和41年(オ)1281号 判決 1968年11月13日

上告人

張熾財こと

中村織雄

代理人

三輪長生

吉成重善

被上告人

小林秀雄

ほか四名

代理人

近藤航一郎

土屋公献

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三輪長生の上告理由一および二について。

債務者が利息制限法所定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息・損害金を任意に支払つたときは、右制限をこえる部分は、民法四九一条により、残存元本に充当されるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和三五年(オ)第一一五一号、同三九年一一月一八日言渡大法廷判決、民集一八巻九号一八六八頁参照)、論旨引用の昭和三五年(オ)第一〇二三号、同三七年六月一三日言渡大法廷判決は右判例によつて変更されているのであつて、右判例と異なる見解に立つ論旨は採用することができない。

同三について。

思うに、利息制限法一条、四条の各二項は、債務者が同法所定の利率をこえて利息・損害金を任意に支払つたときは、その超過部分の返還を請求することができない旨規定するが、この規定は、金銭を目的とする消費貸借について元本債権の存在することを当然の前提とするものである。けだし、元本債権の存在しないところに利息・損害金の発生の余地がなく、したがつて、利息・損害金の超過支払ということもあり得ないからである。この故に、消費貸借上の元本債権が既に弁済によつて消滅した場合には、もはや利息・損害金の超過支払ということはありえない。

したがつて、債務者が利息制限法所定の制限をこえて任意に利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当すると、計算上元本が完済となつたとき、その後に支払われた金額は、債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならないから、この場合には、右利息制限法の法条の適用はなく、民法の規定するところにより、不当利得の返還を請求することができるものと解するのが相当である。

今本件についてみるに、原判決の認定によれば、亡小林正次は上告人に対する消費貸借上の債務につき利息制限法所定の利率をこえて判示各金額の支払をなしたものであるが、その超過部分を元本の支払に充当計算すると、既に貸金債権は完済されているのに、正次は、その完済後、判示の金額を上告人に支払つたものであつて、しかも、その支払当時債務の存在しないことを知つていたと認められないというのであるから、上告人に対して完済後の支払額についてその返還を命じた原審の判断は、正当である。それ故、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官横田正俊、同入江俊郎、同城戸芳彦の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官横田正俊の反対意見は、次のとおりである。

債務者が利息制限法所定の制限をこえる金銭消費貸借上の利息、損害金を任意に支払つたときは、同法一条、四条の各二項により、債務者において制限超過部分の返還を請求することができないばかりでなく、右制限超過部分が残存元本に充当されるものでもないと解すべきである。その理由については、前掲昭和三五年(オ)第一一五一号、同三九年一一月一八日言渡大法廷判決(民集一八巻九号一八七六頁)における私の反対意見を引用する。

しかるに、原判決の認定によれば、亡小林正次が上告人に対する債務について支払つた原判示の各金額は、天引された利息を除き、すべて損害金として任意に支払われたものと解されるのにかかわらず、原審は、右支払額中同法四条一項所定の制限をこえる部分を元本に充当計算し、その結果上告人の貸金債権は弁済により消滅したものと判断して、上告人のした代物弁済の予約完結による建物の所有権取得を無効とし、かつ、右充当計算による元本完済後の支払額の返還を上告人に命じているのであつて、原判決は同法四条二項の解釈適用を誤つたものというべきであり、所論は理由がある。よつて、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すのが相当である。

裁判官入江俊郎、同城戸芳彦は、裁判官横田正俊の右反対意見に同調する。

(横田正俊 入江俊郎 奥野健一 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人三輪長生の上告理由

一、原判決によれば故小林正次が上告人から借用した金五〇万円を返済するため支払つた金額は、第一審判決の理由二の(2)のとおりであると認定し、その弁済充当については先ず利息制限法の範囲内に於ける利息損害金に、次いで元本に充当すると右債務は昭和三二年十二月十一日完済されたことになる。その時の残額とその後支払つた分も加えると合計二〇一、二一七円過払いとなるが、それは上告人が不当利得したものであるから故正次の相続人である被上告人等(但し有限会社小政建設を除く)に於いてその返還を請求することができるというのである。

併しながら右判決は利息制限法の解釈を誤つたものと考える。同法第一条第四条の各第一項には消費貸借上の利息及び損害金の契約は、法定利率を超える時はその超過部分につき無効とするとあり、又同第二項には超過部分を任意に支払つたときは、その超過部分の返還を請求できないと規定している。それを文字通りに解釈すると制限額を超過する部分は法律上無効ではあるが、債務者はその返還を請求できない許りでなく返還したと同一の効果、即ち元本の支払に充てることも許されない趣旨と解する。

二、利息制限法第一条第二項の規定は稍々あいまいでありしかも不徹底であるため、前項のような解釈の外に又原判決のような見解もとれないことはない。併し前項のような解釈は経済的弱者である借主にとつて稍々酷に見えるけれども、利息制限法制定の事情に徴するときは右の解釈が最も妥当であると思はれる。我が国の歴史を見ると庶民が高利に泣かされた事実が枚挙に遑なく出てくる。明治政府はこの事に気付きいち早く明治一〇年太政官布告第六六号(旧利息制限法)を制定した。併しこの法律は制限超過の利息損害金を裁判上請求できないとしただけで、裁判外に於ける支払まで禁止したものではない。新利息制限法(昭和二九年法律第一〇〇号)もその伝統を受継いで、超過部分は法律上無効であるが借主に於いてその返還を請求できないと規定した。新旧共表現は違うが趣旨は全く同一である。この事は社会に於いて事実上法定率以上の金利が横行していることを意味し、一挙にこれを取締ることの困難を指摘している。事実一般銀行信用金庫等の貸出は金利は安いが手続が面倒であり且つ確実な担保を要求するところから、資力の弱い者には高嶺の花となつている。従つてそういう者は事業をやるについて何うしても街の金融業者に頼らざるを得ない。ところがそういう人達は資力信用が低いから貸主としても危険が伴うので、何うしても金利を高くせざるを得ないという結果になる。法定率超過の利息を無効としこれを元本に組入れることにすれば、一面経済的弱者を保護することにはなるが一方金融の道を閉ざしてそういう人達を困らせることになり兼ねない。苦し高利が社会のために悪いと断定できるのであれば、利息制限法に前述のようなあいまいな規定を設ける必要はなく、もつとはつきりと借主保護の規定を設けた筈である。そう割切れないところに右のような規定を設けた社会的事情があるのである。若し社会の実情から見て法定率以上の利息が不当と認め得る時期が来れば一般世論がその改正を促す筈であり、そうなれば立法者もその改正について真剣に考慮するものと思われる。それ迄は裁判所としてあまり先走つた考を持つことなく法律の明文に従つて判決すべきものと思料する。この意味に於いて最高裁判所が昭和三七年六月一三日言渡した同三五年(オ)第一〇二三号事件の判決は前項の解釈に従つたものであり、最も妥当な判決である。ところが原判決は右最高裁の判決と全く相反しこれに牴触するものであるから、破毀を免れないものである。

三、然るに最高裁判所は昭和三九年十一月十八日同三五年(オ)第一一五一号事件について前記判例を覆し、債務者が利息制限法所定の制限を超える利息損害金を任意に支払つたときは、右制限を超える部分は民法第四九一条により残存元本に充当されるものと解すべきであると判決した。前の統一的な判決があつてから僅か二年余りである。前の場合とそれ程社会的事情の変更があつたとは考えられないにも不拘、短期間に前と全く正反対の判決をするとは法律生活の安定という点から考えて全く遺憾と言わざるを得ない。

原判決は一応右の最高裁判決に従つたものであるが、実際はそれよりも更に飛躍している。即ち右の最高裁判決は利息制限法所定の制限を超える利息損害金は、残存元本に充当されるものと解すべきであるとしただけで残存元本を超過する部分があつた場合、それを何うするかについては全く触れていないのに、原判決は前記一に述べたように残存元本に充当した残、即ち過払分については上告人が不当利得したものであるから被上告人等に返還義務があると認定した。利息制限法第一条第四条の各第一項には消費貸借上の利息損害金は法定利率を超える部分は無効とするとあるだけで、その超過部分が何うなるか、又何う処置するかについて何等規定していないのであるから、昭和三九年十一月十八日言渡の最高裁判決のような解釈もできないことはない、併しながら更らに数歩進めて残存元本超過分を不当利得として返還義務を認めうるか何うかということになると甚だ疑問である。利息制限法第一条第四条の各第二項に法定率超過分を任意に支払つたときは、超過分の返還を請求できないと規定したところから見て、充当関係についてどのような解釈をとるにせよ、兎に角利息損害金元本、と充当したその超過分については如何なる理由を以つてしても返還請求を認めない趣旨と解すべきものである。

然るに原判決がこれと異なる見解に立つて、被上告人等に不当利得の返還請求権を認めたのは、明かに右法律の規定に違反するものと云わざるを得ない。

以上述べたように上告理由の第一は原判決は昭和三七年六月十三日言渡の最高裁判決に牴触するものであるから破毀すべきである。仮りにそれが容れられないとしても利息制限法第一条第四条の各第二項に違反するものであるから破毀すべきものと思料する次第である。 以上

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